世界の果ては存在するのか存在しないのか?
海は広く青い。水平線を見つめると、その先には果てがあるような気がしてくる。海の終わり。
水平線の先には何もなくそこからは奈落の底だと。誰もが世界の果てだと思っていた頃、海、空には終わりがなくどこまでも続いている事に気付くまでどれだけの月日を使ったのだろう。
空にも海にも果てなど存在しない。そこに(地球)存在する人間は球儀の中に存在するのだと知った時人々はどんな思いを抱えたのだろうか。世界の果てなどないという安堵か。それとも、その先に存在する世界への恐怖だろうか。しかし、人間という生き物はどうしても好奇心には逆らえないようだ。
これ以上の先が存在するのならば何があるのだろうかと考え、先を見ようとする。それは果たしていいことだったのか、悪い事だったのか今となっては誰にもわからないが、果てが存在すると感じたまま果てを恐怖の対象と思い込み、果てには触れず、人々が生まれた場所に留まり、ただその場所で生きることを考え、幸せになる事だけを願っていれば、世界は混迷に包まれることはなかったかもしれない。他国の人間を知ったからこそ恐怖し排除しようとする。
そして、より多くの敷地を求め争いが起こる。その根底には知らない者たちへの恐怖があるのだろう。
だからこそ誰よりも上へと高見を目指していったのだと思う。人々は自ら生み出した恐怖に勝つことは出来なかった。それを好奇心が肩代わりし、恐怖を根底に隠し世界のありようをみにいったのだろう。
悪いことに負の感情は、善なる感情よりもより強く大きく作用するものだ。いい事よりも悪い事柄の方が周囲に大きな影響を与え、さらなる混乱を生む。何度も、何度も混迷を繰り返して生まれたのが今の世界であるのなら、貴方は何を思うだろうか。世界は日々変化をもたらして変わっている。良くも悪くも。変わりゆく世界に対して評価を下すのは今日生きている人々でしかない。
そして、良い方向に変えていけるのもまた。私は願うよ。人々から笑顔が消えないように。恐怖という壁を乗り越えていけるように。そして、この世界から空を海を汚して本当の果てを自らの手で生み出されない事を。